副業を持ちたいと思うと、「今の仕事が嫌なんだろう」と見られやすいのかもしれません。
でも、私の場合は少し違いました。
今の仕事を、全部ダメだと思っていたわけではありませんでした。
収入は同年代の平均と比べるとかなり低く、満足していたわけではありません。
それだけで将来まで安心できる水準だとも思っていませんでした。
それでも、自分のこれまでの経歴を考えると、思ったより現実的にもらえている感覚はありました。
通勤も楽で、仕事内容にも慣れている。
上司からの信頼もあり、周りからある程度認めてもらえている感覚もありました。
だから私は、今の仕事を単純に「最悪な仕事」とは見ていませんでした。
現実の中では、続ける理由のある仕事だったのだと思います。
ただ、その仕事との折り合いがどう壊れていったのかは、別の記事で整理しています。
・その仕事との折り合いがどう壊れていったのか
今の仕事を全部否定したかったわけではなかった
ただ、それでもどこかで、この仕事1本で生きていくのは苦しいと感じていました。
年齢を重ねるほど、体力的な限界も見えやすくなります。
仕事そのものにも、強い面白さや意義を感じていたわけではありませんでした。
でも今振り返ると、苦しかったのは仕事の中身だけではなかったのだと思います。
本当に重かったのは、この仕事に、収入以上のものを乗せすぎていたことでした。
私は仕事に、収入以上のものを乗せすぎていた
収入。
安心。
価値。
立場。
将来。
存在理由。
人からどう見えるか。
そういうものを、かなり仕事に預けていました。
仕事は人生の一部というより、自分そのものに近い位置にあったのだと思います。
だから仕事が揺れると、生活だけでなく、自分まで揺れる感じがありました。
評価が落ちれば、自分の価値まで落ちる気がする。
必要とされなくなれば、自分の存在理由まで薄くなる気がする。
そんなふうに、仕事の外側にあるはずのものまで、一緒に背負わせていました。
だから副業を持ちたいと思った
そう考えると、副業を持ちたいと思ったのは自然だったのだと思います。
もちろん、お金が増えたらいいという気持ちはありました。
今の仕事1本では、将来への安心を持ちにくい。
だから収入の柱がもう1本あればいい。
その感覚は、今もあります。
でも、それだけではありませんでした。
人生は一度だから、色々やってみたい気持ちもありました。
自分で何かを育てる感覚にも惹かれていました。
今の仕事の外にも、少しずつ選択肢や自由を増やしていきたい。
副業には、そういう前向きな意味もあったのだと思います。
副業には、少しだけ自己証明の気持ちも混ざっていた
ただ正直に言えば、副業に自己証明の気持ちが全くなかったとも言えません。
うまくいけば、自分の価値を少しは証明できるような気もする。
今の仕事以外の場所でも、何かを作れる自分でいたい。
そういう気持ちは、心の奥にまだ残っていると思います。
でも今は、それを主役にはしたくありません。
副業まで「価値を証明しなければいけない場所」にしてしまうと、また別の苦しさが始まるからです。
仕事で価値を証明し続けることに疲れたのに、副業でも同じことを始めたら、結局また自分を追い込むことになります。
今は、副業をもう1本の支えとして持ちたい
だから今の私は、副業を人生逆転の最終兵器として持ちたいわけではありません。
今の仕事を全否定するための材料として持ちたいわけでもありません。
そうではなく、保険として。
選択肢として。
好奇心の置き場として。
未来の布石として。
1つの仕事に、収入も安心も価値も全部預けないための、もう1本の支えとして持ちたいのだと思います。
終わりに
副業を持ちたいと思ったのは、今の仕事が嫌だからだけではありませんでした。
1つの仕事に人生の支えを集中させる生き方が、少しずつ苦しくなっていたからでした。
今の仕事を続けるかどうかとは別に、支えを増やしておきたい。
価値の置き場を1つにしすぎないでいたい。
そう思うようになったこと自体が、私にとっては生き方を少し組み直し始めたサインだったのだと思います。
副業は、今の仕事を否定するためのものではなく、今の仕事1本に全部を預けないためのもの。そう整理できるようになってから、私は少しだけ楽になりました。



































































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